ドイツの子育て99(ネコの死)

猫が死んだ。
1週間か10日前くらいから、泣き声が変わった。
なんだかうっとおしいような、ながーい、猫なで声のようなトーンの、いやーな声を出すようになった。私はてっきり、そういういやらしい声を出すと要求が通る(夫もその声を聞きたくないからついいうことをきいてしまう)ことを学んだのだと思っていた。
その数日後から、エサを食べなくなった。あれだけ食いしん坊だったのに、ぱったりエサが減らなくなった。同時にトイレも汚れなくなった。それまではものすごく臭いのをよくしていて、夫も私も鼻をつまんで仕事をしなければならなかったほどなのに。
そのうち、お腹がぽっこりと、まるでボールを飲み込んだかのように膨れてきた。
そこで、夫もこれは本格的にまずい、と思ったらしい(私は猫のことはまったくわからない)。きっとひどい便秘だろう、と考えたようだ。いずれにしても、医者に連れて行かねば、ということで、翌日にアポをとった。
しかし、翌朝、医者に連れて行こうとしたらすでに元気がなくぐったりしていた。

医者から帰ってきた夫は、空のかごをもっていた。ダメだった、という。
レントゲンをとったが、腸はからっぽ。便秘ではなく、できものが肥大化したという。すでに手術は手遅れ。なにか処置をしても、その処置が耐えられなくて死ぬだろうということだった。やむなく、注射をうち、安楽死させてもらったと、夫が説明してくれた。
夫はもっと早くに気が付いて医者に連れていけばよかった、と反省していたが、気づきようがないことだったし、そもそも17歳も生きたのだから、大往生だろう、と私は思っている。

さて、子どもにどう話したものか。パパは自分が落ち込んでいて、子どもに冷静に話せそうにない。
少し様子を見ていたが、タイミングをみて私から話してみた。
「パパが悲しいからなでなでしてあげて」
「どうして?」
「猫ちゃんがね、死んじゃったの。朝、病院に連れ行ったけど、もう年寄りでダメだったんだって。だから、あなたももう猫ちゃんをなでなでしたりできないの。」
「・・・」

どうかな、どこまでわかったかなと思いながら見ていたら、子どもの顔がぐっとゆがんで、「ふぇ~ん」と。
びっくり、した。「もう、なでなでできない」がキーワードになったらしい。「死」という言葉は理解できないが、「もうなでなでできない」ことがどんなに悲しいことか、は想像がつくようだ。正直、こんな反応は期待していなかったから、びっくりして何も言えなくなってしまった。ひとまず私に顔をうずめてくるから、抱きしめてあげて、かなしいね、と気持ちを共有した。子どもの成長に、胸が震えた瞬間だった。

が、そこはやはり4歳児。3分後には笑顔に戻り、別のことに夢中になっていた。でも、いつかまた思い出して泣くことがあるかもしれないな。



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