若者の自殺 その2

人気俳優の自殺から10日ほど。
私の中のざわざわはまだ消えない。

20歳のとき、友人を自殺で亡くした。その日の10日前くらいに、私はその友人と会っていて、いつものたわいのない話をしていた。私の手作りのパウンドケーキが好きだったから、ちょっと久しぶりにあう友人のためにそれを焼いて持って行った。お店でお茶しながら、お店の人に怒られるかなといいながら、ちょっとお茶目に隠れて一口食べてみたり、本当に普通の彼女だった。だから、共通の友だちから電話がかかってきて、亡くなったの、と聞いたときには、は?何言ってんの?って思った。でも、次の瞬間、あ、そうか、死ってそういうもんだ、って思った。死は予告なしにやってくるのだ。
でも、死因を聞いて、、、自殺だと聞いて、なんだかよくわからなくなった。とにかくお通夜とお葬式の日時を聞いて電話を切り、自分の部屋に駆け込んで泣いた。でも、その時に自分の超自我(=理性)の存在に気づいた。泣いている自分、何も考えずにがむしゃらに泣きたい自分がいるのに、それを冷静に見ている自分がいた。自分に対する嫌悪感が沸いた瞬間だった。私は全身で心から悲しみたい、泣きたいのに、できなかった。
だけど、私にはこの「超自我」がいるから、きっと死にたいくらいつらいことがあっても、本当に死ぬことはできないんだと思う。死を選んでしまう人、実行してしまう人は、この「超自我」が自分と一体化してしまうんだろうな。
どっちが幸せなのかはわからない。私は自分の「超自我」の存在に気がついて、自分は決して死ねないこと、死ぬまで生き続けなければならないことに気づいたとき、絶望したから。
でもね、今も死ぬまで生きなければならないのは一緒だけど、絶望はしていないかも。逆に今、自分の子を見てこの子を残して死ねない、って思うから。

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