ドイツの不妊治療1

第一子がおっぱいが大好きな子だったから、2人目にとりかかるときには40代半ばになっていた。子どもを産むなら2人、と最初から思っていたから、年齢のことも考えて焦らなかったわけではないけれど、子どもがしあわせそうにおっぱいを吸っている姿を見ると、無理に引き離すことはできなかった。子どもの精神的な安定を考えても、気が済むまでおっぱいを吸わせてあげたい、というのが夫とも一致した意見だった。なによりも、子どもがおっぱいを吸っている姿がかわいくてかわいくて、そのときの様子は今でも夫婦の間で語り草になっているくらいだ。
子どもが保育園に行くようになり、昼間の断乳を迫られてから、徐々に夜の断乳も始めた。それに伴ってようやく生理が再開したから、2人目の妊活に取り掛かった。3-4度目の挑戦で妊娠の兆候を感じた。40代半ば、まだまだいけるじゃん、と調子に乗った瞬間だった。
もともと、妊娠に敏感なタイプで、第一子のときも、着床したなというタイミングですーーーっと鼻水がたれて止まらなくなった。妊娠と鼻炎の関係については、いろんな意見があるようで、特にこちらの耳鼻科ではその関係性はあり得ない、との立場だったが、私にとっては切っても切り離せないものだった。同時に、体温があがり、眠くて眠くて仕方がなくなった。気のせい、と言われるかもしれないが、着床時にすでに下腹部に異物感を感じ、締め付けるような服は着られなくなるのだった。先に行っておくと、この後、2回、妊娠するが、これらの兆候は常にあった。だから、妊娠検査薬よりも前に、自分で自分の妊娠に確信を持つことができ、生理予定日に妊娠検査薬で陽性反応を見たときには、知ってたけどね、というくらいの気持ちなのだった。ちなみに排卵近くなると下腹部がチクチクするから、おりものの状態とあわせると、仲良しのタイミングもかなり正確に自分で把握できた。

そんなこんなで、私にとってはすべてがきちんとした流れの中でおこった当たり前の結果であり、第一子が順調だったこともあって、のんきに予定日はいつかな、なんて思っていた。途中で流れる、なんてことはよもや考えもしなかった。よくよく周りに聞けば、30代後半から40代にかけて妊活した人たちはその多くが一度は初期流産を経験しているようだった。私も結局、1回目は化学流産、その後まもなく再び妊娠したが、それは初期流産となり、処置をしてもらわねばならなくなった。まあまあ、3度目の正直で、次はうまくいくはず、と思っていたが、「次」はなかなかやってこなかった。これが、年齢の壁だった

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント